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  1. さまよいくらげ

    さまよいくらげ

    2016-01-22 (Fri) 09:25

    留学(?)5年、ついに私も大阪人に「あ、大阪の人やね」と言われる関西弁を身に付けました…!

    ただしその人酔ってはりましたわ。
  2. はるほん

    はるほん

    2016-01-22 (Fri) 14:06

    さまよいくらげさんだ!わーい!
    いや5年でネイティブ関西弁を身につけるなんて
    すごいっすよ!!!
    さまよいくらげさんの観察眼の賜物っすねえ!

    って酔うとったんかーい!Σ⊂(゚Д゚ )
    オチまでつけるその魂、ほんまもんや…!

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城塞 (中)

城塞 (中巻) (新潮文庫)城塞 (中巻) (新潮文庫)
司馬 遼太郎

新潮社 2002-04
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城塞(上)の続き。
大坂冬の陣の顛末。

丁度「真田丸」2回目の放送を挟んだのが、
本書が良いキャラ予習になって楽しめた。
古狸の家康にまだ可愛げがあり、無常の戦況に
「生き延びれば、それでよい」とぽつりとつぶやく。
その時は、確かに本心だったのだろう。

家康は三河地方の豪族に生まれたが
幼少の頃よりずっと人質生活を送っていた。
その今川義元が信長に討たれたことで、三河に戻る。
後は織田に仕え、更には秀吉に仕える。

「最も強き者に従う」
ずっと死に怯えていた家康が処世術は、それだったのではないかと思う。
面白いことに真田氏もまた、同じ処世術を渡る者だったのだ。

幸村の父・昌幸は表裏比興の者と言われ
よーするにコロコロと上司を変える社員だったのだ。
が、武田・上杉・北条に囲まれた領地を守るには
「最も強き者」を見極める目こそが必要だったのだ。
お蔭で真田は一豪族から、大名にまでのし上がった。

そうして自らが「最も強き者」となった家康と
それに挑んだ真田という構図は、なんとも因縁めいている。

イイ加減、本書の話をしよう。
さてこの冬の陣こそが、古狸一世一代の大博打である。
秀吉亡き後、その財と人脈を地味に潰してきた家康だが、
最後の「大坂城」は手ごわい。
もうとにかく、アホ程デカい。

惣構え(そうがまえ)と呼ばれる最外郭を含むと、420万㎡。
ピンと来ないが、全方位で電車2~3駅分あるくらいだろうか。
今現在残っている大阪城公園は、当時の姿の1/4に縮小されているという。
そんなバカでかい城に、兵糧を十分に蓄えて籠城されてしまうのだ。

冬の陣の豊臣勢は10万人、幕府側20万人と言われるが、
一般的に籠城攻めには、3倍の数が必要というのが通説だ。
またその年の冬は寒さも厳しく、攻める側は難儀を強いられた。
ひょっとしてこの時なら、豊臣側にはまだ一縷の望みがあったやもしれない。

【参考】当時の大坂城模型
20160119-1.jpg

【参考】点線が大体、上の模型大坂城位置
20160119-2.png

マークの地点が当時の大坂城の敷地に張りだしていた
真田丸の場所と考えると、大きさが大体わかるかと。

この頃、幸村は全く無名の浪士だった。
父・昌幸の名は名将として轟いているものの
いかんせん彼自身には実績がない。
現代でこそ大坂の陣=幸村というイメージがあるが
ぶっちゃけ、人手不足でなんでもええわと呼ばれた一人に過ぎない。

しかしこの冬の陣で飛び出したのが、かの真田丸である。
もし幸村が総大将であったなら…、と思わせる程
豊臣側に大きな功績を生んだ。
が、ここは大河のネタバレになるのでほどほどにしておこう。
とりま幸村は、まさにここで「名を挙げた」のである。

一方、家康も何時もの「待て」の戦法が出来ない。
70を超えた体には、ひしひしと己の終焉が見えている。
嫡子の秀忠は家康から見れば凡庸であり、
この戦局は自分が肩を付けねばなるまいと思っている。
──たとえ、どんな手を使っても。

「和議」である。
豊臣側勝利とまではいかなくても、
時間をかければ、徳川側は相当にHPをすり減らしたに違いない。
だが家康はさも自軍有利のように振る舞い、
まんまと和議を結び、不落の大坂城に崩しの一手を差す。

城の巨大な堀を埋めるのである。
外堀だけとだまくらかして、内堀も埋めたのは有名な話だ。
これで家康の悪人イメージがついたといっても過言でない。
それほどに、なりふり構わなくなっていたのだ。
家康をここまで突き動かしたのは、なんだったのだろう。

本書ではその「戦犯」は淀君であるかのように描かれている。
外の現実を知らない身勝手な考えが、戦局をどんどん悪くしたのだと。
まあ、それも一因だろう。
が、その生い立ちについても語られており、
彼女が両親や兄弟、義父を失ったことから
戦というものを人一倍恐れていたというのは、なかなかに物悲しい。

この状況で、やっと秀頼にも台詞が与えられるようになる。(笑)
が、読者でなくても分かる。
なにもかもが遅過ぎた、と。
だが幸村は違う。
丸裸の巨城にあっても尚、彼はただ戦だけを見ていたのだ。

──そして遂に、夏の陣という終焉が始まる。

個人評価:★★★★



余談。
この大坂城崩しの手を考えたのは、秀吉本人とも言われる。
城崩しの上手かった彼だからこそ、
鉄壁の大坂城を作りながらも、その欠点が見えてしまったのか。



ese.png

■個人的に考える関西弁の特徴。
②省略形が多い
③変化形が多い   →故に③リズム重視の言語である

「違う」を「ちゃう」、「そうだな」を「そやな」「せやな」縮めて使うもの。
が、「違うがな」「そうやんな」と通常に近い形に変化する場合もあり、
法則のようなモノがあるようで無い。

「買う」はフツーに会話の中で使うが
「買って」は「こうて」に変化もする。
五段活用にすると「買わへん」「買います」「買う」「買ったらorこうたら」「買え」。
本来「語幹」という変化しない部分が、変化することもある。
コレが関西弁のちょっと難しいところかもしれない。

20160120-2.png

「来る」はもともとカ変なので変わるものだが
関西カ変はある意味、もっと範囲が広い。
 「来ない」 こん こうへん きぃひん けぇへん きよらへん
 「来ます・来た」 来ます 来た きよる きよった きはる きはった  
 「来る」 来る きよる きはる くん※「くんねん」のように後ろに何かが付く
 「来れば」 来たら きよったら きはったら
 「来い」 来い きぃ きさらせ(やや特殊)
              ※「きよる」「きはる」は使役や尊敬の意ではない

このバリエーションが少ないのも、エセ関西弁に聞こえる1つ。
コナンで有名な「せやかて工藤」だが、
実生活では「せやけど」「そやけど」「そやかて」というほぼ似ver.とか
「ほんでも」「でもな」の別ver.がないと、やっぱりウザい。
多分関西でも「セヤカテ」とかあだ名つけられると思う。

20160120-1.png

「違うのではないですか」は関西弁に直訳すると
「違うんと違いますか」だが、多少親しければ
「ちゃうんとちゃいますか」になる。友人なら
「ちゃうんちゃう」でOKだ。
コレが有名な「チャウチャウちゃうんちゃう」の元ネタだが。(笑)

20160120-3.png

思うに関西弁は、濁音や促音というものを
剥がせるなら剥がしてしまう言語
ではないかと思う。
無理には剥がさない。
むしろ「どアホ」みたいにつける場合もある。

「マック」より「マクド」が好まれるのは
促音で声が一度切れるようなカンジが
関西弁を喋るときに微妙に邪魔になるからではないかと思う。
「そうでしょう私もそう思ったんですよ」は関西弁だと
「そやろーワシもそうおもてん」となり
最初から最後までつるんと滑るように口から出ていく。

コレが早口のように聞こえる。
お笑い番組でテロップが出るようになったのは
芸人の言葉が早すぎて聞き取れないから、という説を聞いたことがある。
(※関西弁で意味が分からないからという説も)
実は自分も、東京に来たときは「早口だね」と言われた。

■最近は盛り上げるためについてるみたいだが。
20160120-5.png

故に関西弁と言うのは「リズム重視」の言葉であり
関西人はエセ関西弁に五月蠅いのだと、自分は思っている。

②③④をまとめてしまったので、次で最後総括。
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  1. さまよいくらげ

    さまよいくらげ

    2016-01-22 (Fri) 09:25

    留学(?)5年、ついに私も大阪人に「あ、大阪の人やね」と言われる関西弁を身に付けました…!

    ただしその人酔ってはりましたわ。
  2. はるほん

    はるほん

    2016-01-22 (Fri) 14:06

    さまよいくらげさんだ!わーい!
    いや5年でネイティブ関西弁を身につけるなんて
    すごいっすよ!!!
    さまよいくらげさんの観察眼の賜物っすねえ!

    って酔うとったんかーい!Σ⊂(゚Д゚ )
    オチまでつけるその魂、ほんまもんや…!

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