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とりあえず毎日本を読んでいるので、そろそろ脳内と本棚を整理してみようというココロミ。

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悼む人〈上〉

悼む人〈上〉 (文春文庫)悼む人〈上〉 (文春文庫)
天童 荒太

文藝春秋 2011-05-10
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これを読了したのは3年ほど前のこと。
当時はイマイチ入り込めずにそのまま本棚に放り込んでしまい、
もう一度読むかと思いつつ、手に取れなかった。

一度目にこの本を読んだ年に、義母の癌を知らされた。
無論その時はこの本を関連付けた訳ではなく、むしろ思い出しもしなかった。
義母は辛い抗がん剤治療に耐え、退院した。
自分達より義母は余程健康な身体と生活をしていたから
きっともう大丈夫だと、どこかでそう安心いていた。

───そうして2年もたたない頃に、義母の癌は再発した。



「悼む人」とは、そのまま死者を悼む男が主人公だ。
快活に育ち、大学を卒業して医療メーカーに就職したのちに
ガードレールに供えられた花や新聞の小さな死亡記事にある場所を尋ね、
死者のことを調べるようになった。

試行錯誤して、彼の質問は3つに絞られた。
「この方は生前、誰を愛していましたか
 そして誰に愛されましたか
 どんなことで感謝されたでしょうか」
そうしてその場所で祈りをささげ、去っていく。
事件や事故・自殺の如何を問わず、彼はずっとそんな旅を続けている。

彼が悪人でない事はわかる。
だがその行動には、読者ですら共感しにくい。
他人の死に踏み込むということが暗黙のタブーとなっている、
日本のお国柄の所為でもあるだろう。
「何の為に?」という疑問がどうしても生じてしまう。

実際、たびたび身元確認で警察から連絡を受ける母ですら
息子の思いを正確に説明することが出来ないのだ。
けれど母親は息子の行動を非難することはせず、
ただじっとその帰りを待ちわびている。
彼女は既に余命宣告を受け、癌を患っているからだ。



だから、その時は読めなかった。
だがこの年末に忌明けで帰郷するのを前に
そろそろ読んでみようと思った。



この物語の視点は3つ。「悼む人」本人の視点はなく、
 ①母親
 ②途中から彼に同行した元殺人犯の女性
 ③一度だけ「悼む人」に会ったエグい事件記事を売りとする記者
「悼む」という行為が、3人の目を通して語られていく。

理想の物語ではある。
けれど同時に現実でもある。
母親の章になると、どうしても気持ちが乱れる。

義母であり、実母ではない。
他人である自分が身内を失うというネタを書くのは
それこそ不謹慎でエゴかもしれない。
だが母親の章の台詞に、どきりとした。

この子は、母親の死が近いことをまだ実感できていない



母親が家に戻ってきた娘に
「まだ私は諦めてない。治療法はある筈」と言われて思う言葉だ。
そうなのだ。
本当に死は近くまで来ないと、もしくは
過ぎ去ってからでないと実感できないものなのだ。



きっと治ると思っていた。
再発でもう一度抗がん剤治療を受け、
「次はもう、こんな辛い治療は受けたくない」と
義母が言ったときも、どこかで信じていた。
そんな事が起こる筈がない、と。

そうして今年の夏。
再々発したと義父に電話で聞いたとき、
はじめてそれは実感となった。

思わず、電話口で泣いた。
今までこんなに時間があったのに、
なんでこんなに何もしてこなかったんだろうと思った。



下巻に続く。

個人評価:★★★★

評だか日記だかわかんない書き方ですませ。





「また行きたいわね!」と何度も言っていたので
もう一度一緒に行こうと思っていたのだが
肝心の相方がなかなか休みを合わせられなかった。



相方は基本、余り海外旅行に興味がない。
が、なんとかOKをとりつける。



義母だけ旅行することがないでもなかったが
義父が行き先や詳細を言わなかったのが、少し気にはなっていた。

で、夏休みは用事があったので一人で帰省した。



仕方なく手土産を置いて帰り、
夜になってから義父からお礼のメールがあった。
義母から電話がなかったことが、また気になった。

後でわかったのが、夏休みの連絡をした時には
義母は再々発の疑いで検査入院をしていたのだった。
そして結果が出て、ちょうど自分が訪れた日が入院の日だったのだ。



いや、擬音はギャグじゃないけど。(不謹慎ギャグ)
義母は悪性リンパ腫で、最初に見つかった時に既に
ステージ4の部分があったのだが、切除手術が可能だった。

今回は肺に転移し、手術も出来ない状態になっており
この入院がもう最後になる、と義父に言われた。
ただ、義母はその覚悟は前からできているけど
「今年はもたない」という事は告げていない───、と。

相方は一時退院に合わせて帰った。
その夜、義母からとても嬉しそうな声で電話があった。
「家で豚しゃぶ食べたんだけどね!
 もうそれが美味しくて、動けないくらい食べちゃったわ!」
相方も東京に戻ってから「めっちゃ元気やった」と苦笑いしていた。

それだけ、楽しかったのだ。
あんなグータラな子供でも(失礼な)、やはり可愛いのだと思った。
その次は自分も一緒に帰ったが、
義母は酷く衰弱し、全く食欲がないのだと言った。

それでも、相方が持っていったお土産を口にして
「これ美味しいわ」と3つほど平らげてしまった。
その後1週間もしないうちに容体が悪くなり、
「早ければ1日、持っても1週間」と言われて、1日で息を引き取った。
こういう診立てって、本当に当たるんだなとぼんやり思った。

義母は最後まで、子供に病の苦しみを殊更見せたり、
ましてや八つ当たりや愚痴をしなかった。

この人は本当に「母」なのだなと、心から思った。


明日に続きます。
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