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理工学部卒のお坊さんが教えてくれた、こころが晴れる禅ことば

理工学部卒のお坊さんが教えてくれた、こころが晴れる禅ことば理工学部卒のお坊さんが教えてくれた、こころが晴れる禅ことば
泰丘良玄

ブックビヨンド 2014-04-18
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書評コミュニティで頂いた本。
電子書籍のみの取り扱いだが、PCでもスマホでも読める。

以前から禅にちょっと興味があった。
小さい頃に天台宗の幼稚園に通っていて(家は天台宗じゃないが・笑)
1ヶ月に1度くらい、坐禅の時間があったのだ。
※何で天台宗で坐禅???と思われようが、
 「止観」と言って一応天台宗にもそういうのがある

ワサワサしてると園長(=坊主)が前にやってきて
ぺちん、と警策(天台宗では禅杖)で背中をたたかれる。
時々、手の形を直されたりもする。
何分くらいやってたのかも今では分からないが
体感的には割と長い時間だった印象がある。

園児に禅のなんたるかが分かる筈もないが、
4歳や5歳の子供でもちゃんとそれに耐えるのである。
今思えば貴重な体験だったのだなあと思う。

本書は生活に身近なもので例えた禅の入門書だが、
同時に日本の宗教観にも触れていて、個人的に非常に面白かった。
キリスト教やイスラム教のような「神の下に平等」な宗教と違い、
仏教は「誰もが平等」という思想のもとにある。
「開祖」というものは在るが、「神」とは違う。
つまり「絶対である神」に愛と慈悲を乞うものではなく、
「悟った人間」に追い付け追い越せと自分を高めるものなのだ。

日本では何時の間にやら
「冠婚葬祭で恥をかかない」為の嗜みみたくなってしまったが
実はキリスト教に負けないくらい、生活の中に入り込んでいる。
禅語と言って、禅が元ネタの現代語は結構ある。
「玄関」「挨拶」「主人公」などがそうだ。

自分が何を知らないか、何に気付いていないかという「気づき」こそが
禅そのものの入り口とも言える。

故にその説明1つ1つが分かりやすく、すとんと腑に落ちる。
易しい話なのに、そこに深くて清い精神があるのだと理解できる。
電子世界のお寺で、説法を聞いているかのようだ。
ネットならではの半バーチャル体験とでもいうべきか、
いやはや世の中は便利になったものだ。

4歳の自分が何を考えて坐禅をしていたのか忘れたが
案外、あの頃の方が素直な心でやってたのかもしれない。
今の方が知識がある分、煩悩も増えている。
何かと話にオチをつけ、笑いをとろうという関西根性も
煩悩と言えば煩悩なのだろうが、それは譲れぬ。(´・ω・`)キッパリ

否。自己を知り、世界を見ることが禅なのだ。
30代で悟っちゃった釈迦みたいには上手くいかない。
まずは1章の「日日是好日」から、世界を見てみることからはじめよう。
今日と言う日が、かけがえのない日と思う意の禅語だ。

「日日是口実」とならぬよう。(さっそくオヤジギャグの世界に)

個人評価:★★★★

【参考】 本書に出てきた禅ことば
日日是好日 歩歩是道場 乾屎橛 一炷坐れば一炷の仏
看脚下 無功徳 百尺竿頭進一歩 放下著 銀椀に雪を盛る
明鏡止水 眼横鼻直 柳緑花紅真面目 一日不作一日不食 忘筌
喫茶去 冷暖自知 拈華微笑 耳で見て目で聞く 回向返照
生死事大 閑古錐 釣月耕雲 一水四見 一挨一拶
風定まって花なお落ち、鳥鳴いて山さらに幽し 陰徳を積む
門を開けば落葉多し 五観文 随処に主となれば立処皆真なり
心頭を滅却すれば火も自ずから涼し 天上天下唯我独尊


宗教とはカンケーないが幼稚園のおもひで。



ココでも何度も言ったが、おかんは料理下手だ。
この園児弁当は多分、かなり苦痛だったと思われる。(笑)





ゴハンは残さず食べないとおかんに怒られるので
面白半分、怖さ半分でチョコ菓子を食っていたのだが。



先生にも「明日からお菓子は持って来ちゃダメよ」と注意され、
すごいショックを受けたのを覚えている。

当然菓子を持って来てはいかんという方が道理なのだが
子供なりにいろんなものに板挟みになっていて
どうしていいのか分からなくなってしまったのだ。



そもそもこの菓子がすごい好きだった訳ではない。(笑)
そんなコトしなくても、自分は弁当は残さず食べる子供だったので
今にして思えば、おかんの手抜きアイディアだったのだ。

善悪は割と常識と外れたトコにあると悟った出来事だったかもしれない。
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