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とりあえず毎日本を読んでいるので、そろそろ脳内と本棚を整理してみようというココロミ。

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  1. アリーマ

    アリーマ

    2014-10-15 (Wed) 21:20

    ウチの子らもやっぱりトライした「水面渡り」。
    ワタシがぼやっと湯船で顔を洗っているタイミングでやらかして、どっちも背中にしがみついて事なきを得ました。いや、ことなきはヤツラで、私の背中は流血の惨事でしたが。

    ちなみにタケゾウは二度やらかしてます・・・。
  2. はるほん

    はるほん

    2014-10-15 (Wed) 22:16

    >アリーマさん
    あーーはーーはーー!!
    いや笑っちゃいけないけど様子が浮かんでしまいます。

    いやー!背中は痛い!背中は!!
    彼らの必死度と爪の出具合の比例はなんとかならんもんでしょうか(笑)

    そんな学習なさらない部分も含めて
    タケゾウ兄ぃにゾッコンです…!(※誉めてます)



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収容所(ラーゲリ)から来た遺書

収容所(ラーゲリ)から来た遺書 (文春文庫)収容所(ラーゲリ)から来た遺書 (文春文庫)
辺見 じゅん

文藝春秋 1992-06
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「ラーゲリ」とは、収容所やキャンプを差すロシア語だが、
日本ではソ連時代の強制収容所を差すことが多いらしい。
そう、シベリア抑留のことだ。
本書は遥か北の凍土より帰らぬ人となった山本幡夫という人物と、
彼の遺書を遺族へ伝えた仲間たちを描いたドキュメンタリーだ。

ざっくり時代背景を説明しておくと、日本が原爆を投下されて直ぐ
ソ連は満州へ侵攻・占拠することとなる。
入植していた日本人は引揚船で日本へ向かい、
駐屯していた関東軍の多くは俘虜※となり、
シベリアでの労働力として強制収容所へ送られたという。
※捕虜のこと。日本軍ではこちらの呼び名を使う事が多かったようだ

日本が敗戦を受け入れた後も俘虜を収容し続けた事や
過酷な労働が国際法に違反するのではないかなど
さまざまな議論がされながら、今もあまりツッコまれていない案件だ。
だがこういうことは、国ごとに視点も思想も全く異なることから
何が正しいと一概に言えないと個人では思っている。
日本も一点の曇りもない国かと問われれば、そうではない。

本書は決して日本の受けた被害だけを叫ぶものではない。
少なくとも自分は、そう思った。
苦境の中を生きた抑留者たちの目を通して
祖国を奪われることがどんなにか非道であるかを
伝えているのではないかと、自分は感じた。

最初のページには、ソ連領内の収容所分布地図が見開きで示されている。
広い。そして遠い。
絶望する程に日本から離れた極寒の地で、
彼らがどれほどダモイ(帰国)を夢みて、また諦めたかを想像すると
ページのこちら側にあっても溜息が出そうになる。

過酷な労働と、厳しい気候。
加えて激しい空腹による栄養失調と疲労、劣悪な環境による病。
帰国や食料の為に、日本人内での密告や裏切りもあったという。
そんな中、山本氏はダモイの夢を失わぬよう内密に俳句会を興し、
日本語で故郷や異国の季節を詠み、仲間を励まし続けた。

たった17の文字は地面や袋の切れ端に書かれ、消された。
日本語を書き残す事は、スパイ容疑に繋がるからだ。
彼らはただ消すために句を詠む。
心にふるさとを残すために、幾つも幾つも句を詠んだ。

日本語を忘れない為だけではない。
句を詠むのに空を見上げ、微かな季節の訪れを感じとらねばならない。
山本氏がラーゲリ内に与えたのは、そんな「心の平穏」だ。
しかし彼は遂に、日本の地を再び踏むことなく逝く。
彼が病床から母と妻と子供に綴った手紙を日本に持ち帰ろうと、仲間たちは決意する。

───疑問には思わないだろうか?
文字を残してはいけない筈のラーゲリ内で書かれた句や遺書が
どうしてこのドキュメンタリーに残ったのか。
暗記したのだ。
彼らは手分けして、一言一句余さず彼の手紙を覚え
そうして戦後数十年をかけて、山本氏は妻の元に「帰った」のだった。

本書を通じて心に残ったのは、祖国を感じることの大切さだ。
戦争や植民地ではしばしばその国の言葉を取り上げ、
支配国の言語を教える事が行われるが、なんとも無体な事だ。
逆に言えばそうして故郷を失わせることで、「心を折る」ことができるのだ。

如月や嶺々を青しとみる夕べ



山本氏が凍てつくシベリアの冬に、僅かに見出した春の兆しを詠んだ歌だ。
辛い俘虜生活の中で空を見上げ
「如月」という日本の季節を重ねたところに胸を突かれる。
緑を青とする日本独特の表現といい、
わずか17文字の中に詰め込まれた思いに、目を見張る。

獅子舞のはやしもつひに笑ひけり



ラーゲリの中でささやかに新年を祝った際の即吟だという。
この状況下でも抑留者たちが刹那笑う事ができたのは
「人間らしさ」すなわち故郷を失わなかった、何よりの証であろうと思うのだ。

個人評価:★★★★

【参考】
山本氏のご長男のHPで、手紙を全文読むことが出来る。
http://www.br4.fiberbit.net/ken-yama/www.br4.fiberbit.net_ken-yama/Welcome.html
また靖国神社参拝に関しても自論を書かれており
ご遺族はこういう思いでいらっしゃることもあるのだと、感銘を受けた。


脈絡なく猫話。


「風呂フタの上はあったかい」ことを学習したらしい。



もちろん人間側も湯を張るときは風呂場のドアを締めるのだが
まだ湯を入れる前だったので油断した。



「好奇心猫を殺す」という諺があるが、ホントに猫は好奇心が旺盛。
大概のことは「やっちゃえやっちゃえー」な芸人根性を持ち合わせているようだ。







台所でトウガラシかじった時は、本当にお馬鹿だなあと思った。
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  1. アリーマ

    アリーマ

    2014-10-15 (Wed) 21:20

    ウチの子らもやっぱりトライした「水面渡り」。
    ワタシがぼやっと湯船で顔を洗っているタイミングでやらかして、どっちも背中にしがみついて事なきを得ました。いや、ことなきはヤツラで、私の背中は流血の惨事でしたが。

    ちなみにタケゾウは二度やらかしてます・・・。
  2. はるほん

    はるほん

    2014-10-15 (Wed) 22:16

    >アリーマさん
    あーーはーーはーー!!
    いや笑っちゃいけないけど様子が浮かんでしまいます。

    いやー!背中は痛い!背中は!!
    彼らの必死度と爪の出具合の比例はなんとかならんもんでしょうか(笑)

    そんな学習なさらない部分も含めて
    タケゾウ兄ぃにゾッコンです…!(※誉めてます)



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