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とりあえず毎日本を読んでいるので、そろそろ脳内と本棚を整理してみようというココロミ。

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親の家を片づけながら

親の家を片づけながら親の家を片づけながら
リディア・フレム 友重 山桃

ウイーヴ 2007-10
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本のコミュニティサイトで知った本。
普段文庫じゃない本は読まないのだが
コレはちょっと読みたくてポチった。

小説というより、エッセイと言った方が近いだろう。
表題の通り、死後にその家を片付ける子供視点の「親の死」だ。
親の死に立ち尽くし、膨大な量の遺品に茫然とし
疲労の中で怒り、また懐かしみ、
悲しみや喜びを整頓しながら、子はその死を受け入れていく。

遺品整理というような実際的な内容ではない。
また著者がフランス人ということもあり、日本のそれと違う部分もあるのだが
「親を亡くす」ということは、当たり前だが
世界のどんな国にも共通する輪廻なのだなとしみじみ思う。

自分の両親はまだ健在だ。
とくにおかんは永遠にワケの分からんことを言ってそうな気がするのだが
無論それは気の所為で、決してそんなことはない。
親より先に死ぬと言う不孝をしない限りは、いずれ誰しもが
著者の「私は孤児になったのだ」という冒頭文に、胸を突かれることだろう。

著者の両親はどうやら「アウシュビッツの生き残り」であるらしく
収容所にいた過去を生前、著者にはほとんど語らなかった。
小説なら「永遠の0」のようにすっかり明らかになるのだろうが
それは本の中でも数枚の写真やメモが出てきただけで
著者の中でぽつんとしこりのようなものが残ったことが、読み取れるばかりだ。

親子とはいえ、100%を知ることはない。
子は生まれる前の親の過去を知らないし
親は子の未来の幾分かは見ることが出来ない。
けれど誰よりも近く、切れない物で結ばれている。
その辺の齟齬が、親子が理解し合えてし合えない一因かもしれない。

けれどやはり親子は、世界の誰よりも一番
自身を共有した「自分の欠片」だ。
親の死とは、そのピースが欠けてしまうことだ。
他の誰も埋めることが出来ないその空洞には、出来るなら「故人の幸福」を詰めたい。
それが「思い出」「遺品」と言われるものなのだろう。

最近は「終活」と言われ、自身で前もって身辺整理をし
葬式の手配や遺言をまとめておくことが、静かなブームにもなっている。
仕事でこの「エンディングノート」に関わることになったのも
本書を読もうと思ったきっかけでもあるのだが、いろいろ考えさせられた。

無論、事務的なとりまとめは「残された」側に非常に助かる。
遺品や相続のことだけではない。
一人暮らしや夫婦だけの家庭が増えた事や
最近はPCや携帯電話、ネット通信などが広まったことから
「個人しか知りえない情報」が多くあり、解約1つでも大変なのだ。

だが「残された」側が一番安堵を感じるのは
故人が幸福だった証を感じられるものを見つけた時だろう。
それがなかなか見つからず、むしろ雑多な作業に苛立ってしまう己に
何度も不甲斐なさや自責を感じてしまう著者も含めて
本書は「残された」者の想いに寄り添う本だ。

多分その失われたピースは、元より凸凹のあるものなのだ。
歪みや欠け、出っ張り、摩擦、
そして不思議なほどにぴったりフィットする部分も合わせて
かけがえのないピースなのだと思う。

本書は「遺品」の話だが、そうなる前に
その人と生きている時間を共有できるのが、一番いい。
親子でアルバムを見ながらでも、お気に入りの品や
好きな食べ物についてでもなんでもいい。
少しでもその時間を作っておくといい。

きっとまだ「知らなかったこと」が、思った以上にあるはずだから。

個人評価:★★★★


本を読もうと思ったのは、実際に自分の身辺に変化が2つ訪れたからでもある。

1つは祖母の入院だ。
祖母はずっと離れて暮らしていたのだが
もう一人暮らしは無理になったので、家を処分しなくてはならなくなった。
ホントこの時代の人はモノを捨てないというか、整理が一筋縄ではいかない。
入院前に冷凍庫から昭和の肉が出てきたのは、衝撃であった。(笑)

もう1つは以前にもちょっとだけ触れたが
癌で余命宣告を受けた身内がおり、いまは結果待ちの状態だ。
別に隠す事もないが、相方側の義母である。
今年中に華族旅行をする予定だったのが、検査を経て治療入院することになった。
前からずっと「またみんなで旅行したいわねえ!」と仰ってたので
もっと早く計画すればよかったと後悔しきりだ。

義父から電話で報告があり、義母からも直接聞いた。
「私はホントに幸せな人生だったから!!
 あなたたちは何も気にしなくていいのよ!」
と言われた時は、なんかもう涙が止まらなかった。
史上最高にできたお義母さんだと思う。
相方はこんなお母さんをもってラッキーなヤツだと思った。

ちなみにウチのおかんは、ハワイに散骨してほしいとか
やっぱ琵琶湖でいいとかあそこの墓に入れろとか言う事がまちまちなので
いずれちゃんと聞いとかねばなあと思ってる。


病気で思い出した話。



本来は「食べる前」と「食べ(残し)た後」を撮るらしいのだが
その人は必ず残さず食べてしまう。(笑) 
なので周囲の人が「協力」してしまい



いや、自分はそこまでやってると知らなかったのだが
後で聞いてつい吹き出してしまった。





別に「健康より食べる人生を選んだんだ!」とかそんなんじゃなく
本人は健康に生きる気合満々なんである。

自分はどうにもこの人が大好きだ。
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