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とりあえず毎日本を読んでいるので、そろそろ脳内と本棚を整理してみようというココロミ。

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海と毒薬

海と毒薬 (新潮文庫)海と毒薬 (新潮文庫)
遠藤 周作

新潮社 1960-07-15
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本棚を整理していたら出てきたので再読。
あと2冊出てきたので、これもいずれ読むかな。
嗚呼、本棚整理とはなんと不毛な作業であることよ。(諦めんなよ)

遠藤周作の代表作。
戦時中に実際にあった、米軍捕虜解剖事件をモデルにしているという。
決して後味の良い題材ではない。
だが読後に心に残るのは、血生臭いものだけではない。、

舞台は戦後しばらくした東京から始まる。
引っ越してきたばかりの男は、気胸を施す医者を探していた。
気胸とは身体に空気を入れ、肺を圧迫する施術であるらしい。
仕組みはよく分からないが、肺を収縮させることにより
結核などの症状が緩和するのだという。
現代医学では、余り用いられないらしい。

医者は見つかった。
雨戸を締めきった医院で、医者も愛想がよくない。
しかし気胸の施術は的確で、男は驚く。
しかしふとした事からその医者が戦時中、
米軍の捕虜を生きたまま解剖した一人であったことを知る。

場面は変わり、その大学病院にいた頃の医者と
同じく解剖に立ち会った友人医師と看護婦の視点を交え、時代は遡る。

戦争で、空襲で、病で、常に周囲の人間が死んでいく日々。
そんな異常事態の中、人と言う倫理を失いかけていることに
その誰もが気付かない。
多分、恐ろしいのは其処なのだ。

登場人物に、捕虜ではないドイツ人女性がでてくる。
手術で手が離せない医師に言われて、
苦しむ患者に(安楽死のため)麻酔を打とうとする看護婦に、
彼女は顔を青ざめさせて怒る。
「神様が怖くないのですか!」と。

衝撃だった。
無論、神を信じているから平和的な種族だと言うことはない。
そんな事を言ったら、宗教戦争や弾圧なんぞ起こる筈がない。
宗教心の薄い日本人だが、21世紀の今では呑気なくらい平和な国民だ。
だからこそその「平和」は神や宗教と言うものではなく
個々の良心に委ねられているのだと改めて思った。

以前に読んだときは、冒頭は普通に読み流していたが、
終戦ギリギリに軍に入った男は戦争経験がなく、
ガススタンドや洋服屋の親父たちの
その武勇伝を自慢げに聞かされるくだりがある。
対して医者は寡黙だ。

無論、これは小説内の創作ではあるが
彼らの「罪」に果たして違いはあるだろうか。
また解剖の現場で、罪の意識から何もできなかった医者と
罪悪感を感じたいが為に参加した友人、
全く別の意識から参加した看護婦に「差」はなんだろう。

これは、戦争の話なのだろうか?
「戦争だから」「どうせ助からない病人だから」「捕虜だから」
良心の掛け金を外したのは、確かに戦争の狂気ではあるものの、
そういう意味では戦時下に限った話ではないのではないか。

「海と毒薬」とは、「罪と咎(とが)」のことではあるまいか。
罪を犯す事と、咎を感じることは違う。
───いざという時に、自分達の理性を創る物。
神の御名において真っ向から悪を否定できるドイツ人女性よりも
日本人はもっと曖昧な理性の淵にいるのかもしれない。

改めて深い話だと感じ入った。

個人評価:★★★★


そんな評の後でもしょーもない話をする。
もう随分昔の話で、自分も関西にいた頃だが。


知人は生粋の標準語圏の人間。







だってオレらの標準は関西弁だもん。

でもまぁコッチに住むようになってから
(当時は)関西弁が凄く目立つことがよく分かり、
仕事でも標準語イントネーションを使うように指示されたので
知人の主張は少なくとも間違いではないことは理解した。
が。

↓上の知人とは別の人


他にも文書などの書き言葉をみて
「えっ、書くときは標準語なの!?どうして!?」と真顔で言われた。
標準語圏外の人間は、標準語が扱えないと思い込んでいたらしい。
(今思えばその人が少し残念な頭だった可能性が高い)

「標準語を覚えた方がいい」のは分かるが
標準語はあくまで「標準」なのであって、「上」なのではない。
今はそんなことはないが、昔はホントに腹立つことが多かった。
オマケに関西弁が全国区になってからは
イントネーションのおかしな関西弁使う輩もおるし。

「標準語」はみんなが覚えられるように作られているが
「方言」はその土地に根差した生活が基盤なんじゃ。
「関西の人が標準語喋ると、やっぱり分かるよね」
と初期に何十回も言われたが、そんなモンあたりまえじゃ。
アンタたちだって方言ネイティブで喋れんじゃろ。

まぁそんな頃、青森の方に行く用事があり
地元の人に道を尋ねたところ、

20140508-6.png

以降、言葉の違いなんぞ気にしないことにした。
日本語なんて世界からみれば、全部方言なんだしね。
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