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かたき討ち: 復讐の作法

文庫 かたき討ち: 復讐の作法 (草思社文庫)文庫 かたき討ち: 復讐の作法 (草思社文庫)
氏家 幹人

草思社 2013-10-02
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タイトルに惹かれて購入したが、別に敵討ちをする予定はない。
時代物小説やドラマによくお目見えする「敵討ち」。
有名な「忠臣蔵」も要は敵討ちの話だが
あれも当時のルールが分かっていないと「?」と思う事が多い筈だ。

侍が「父の仇ィィィ!」などと敵に向かって叫ぶシーンがありがちだが
その通り、敵討ちとは近親者が行うものであり
主君の敵討ちは基本的には適用外なのだ。
敵討ちと認められなければ当然、殺人罪に問われることになり、
つまり大石内蔵助は最初から死罪を承知して討ち入りを決行した訳だ。
これが天晴れ忠義者よと語り継がれる事となる。

まぁ時代物を楽しむと言う分には
その辺だけ押さえておけばOKだと思われる。
本書は様々な敵討ち例を挙げ、ディープで現実的な姿に迫ったものであり
ある意味では時代物の楽しみを粉砕するとも言える。

例えばここで、某はるほん侍(年齢不詳)が敵討ちを志したとしよう。
ドラマなら剣技を磨き、旅支度を始めるところであるが
モブ侍「まず最初に会社(藩)に届け出が必要でござる」
はる侍「えっ、そーなんですか」
モブ侍「何処まで行かれるので?」
はる侍「ええと、その、近江の国まで」
モブ侍「遠方でござるな。役所(奉行所)にも届け出る必要があるでござる」

どうやら敵討ちは、努力と正義だけで大成できるものではないらしい。
役所で色々聞いてみるといいかもしれない。

モブ侍「86番のはるほん氏ー、3番窓口へどうぞー」
はる侍「えと、敵討ちをしたいのですが初めてでして…」
モブ侍「大丈夫でごすよ。奉行所が24時間365日
    万全のサポート体制でスピーディーに対応致します」
はる侍「本当ですか」
モブ侍「ええ、決闘の場もこちらで準備しますし
    無事仇を撃たれた暁には、昇格もありえますよ」

しかし

モブ侍「敵相手の居場所は分かりますか?」
はる侍「……それがどこにいるか分からなくて」
モブ侍「じゃあそれを探して来てください。話はそれからです
    では次の方ー」

確かにこの時代、侍は刀を持ち歩いてはいるものの
それは殺人許可証ではない。
殺す側にもまた敵討ちする側にも、正当な理由が必要なのだ。
当然殺した側は行方をくらます事が多いから、忠臣蔵のケースは稀なのだ。

車もPCもケータイもない世界で、
たった一人の人間を探し当てる労苦は、言わずとも知れるだろう。
実際のところ、敵討ちの成功率は相当に低いとも言われている。

はる侍「…なんか大変そうだな。あの、やっぱりやめます」
モブ侍「いいですけど、それが親である場合は
    敵討ちするまで家督が継げませんからご了承ください」
はる侍「マジすか」
モブ侍「そうでもない限り、泣き寝入りする方も多いんですよね
    でもまあ、武士には世間体ってのがありますしねえ」

敵討ちは、戦国時代から引き継がれているとされる。
毎日が戦争だったこの時代には「敵討ち」は比較的簡単であり
自分の名を売る行為とも、武士の美談ともなったのだ。
が、それも江戸前期の頃までで、後期には随分と様相が変わっていく。

モブ侍「今は美談だけが残って、
    敵を討たない侍は腰抜けみたいな風評がありましてね」
はる侍「そんな」
モブ侍「昔はそんなこんなで、殺される側を匿うのも流行ったんですが」
はる侍「今は違うんですか」
モブ侍「ええ、追い返し方をまとめた本もあるそうですよ
    敵討ちの相手の名前を聞いて、ああそれは知り合いだから
    ウチではかくまえないのでお帰り下さいとか」
はる侍「新聞の勧誘断るみたいですね」

敵討ちからミニ戦争が起こっていた戦国時代を懸念したのか
出来るだけ当人同士で解決できるようにした苦肉の策が「敵討ち」と言える。
大勢で吉良家を襲った意味でも、忠臣蔵はルール違反なのだ。

この辺まではまあ自分も知っていたが
「さし腹」「太刀取り」などの言葉は、本書で初めて聞いた。
「うわなり」(※先妻が後妻を襲撃する)は、別の小説で読んだ気がする。
また八代将軍・吉宗が敵討ちの法について
中国の使者にいろいろ尋ねた話なども興味深かった。

そうして敵討ち文化は、武士が世間体の為に泣く泣くやらねばならない一方、
町人などの一般人に「非公式」で広がってもいたという。
そう、敵討ちは武士以外には認められていなかったのだが
捨てるものがない町人のほうが、武士のような葛藤が無かったのだろうか。

ひょっとして武士道と言う幻想を作り上げたのは
むしろ民衆のほうだったかもしれない。
これがいずれ、幕末に新選組達を作り上げたのではないかと
勝手な妄想をしてみたり。

はる侍「まあ親の仇ではないんですが」
モブ侍「誰の仇なんです」
はる侍「実はこの夏、ウチにカマキリが住み着いてまして。
    ちょっと目をかけていたんですが
    どうやら近所の悪ガキに捕まってしまったらしく…」
モブ侍「……敵討ちは自分より目上の者にしか適用されません
    アンタ、カマキリ以下なんですか」
はる侍「勉強になるなぁ」
モブ侍「はい次の人!!!!」

そんな訳ではる侍は正しい復讐の作法を学び
無事に敵討ちをしなくて済んだとさ。

めでたしめでたし。

個人評価:★★★★


写真 2013-08-09 15 59 01

まさかのマジ話。(笑)

が、これが後日相方から
「部屋にカマキリが居た」と報告があり
どうしたのかと聞いたら、外につまみ出したと言う。

敵討ちの相手は本能寺にいる訳だが
復讐は面倒臭そうなので取り敢えずやめておく。
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