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とりあえず毎日本を読んでいるので、そろそろ脳内と本棚を整理してみようというココロミ。

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月と蟹

月と蟹 (文春文庫)月と蟹 (文春文庫)
道尾 秀介

文藝春秋 2013-07-10
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お久しぶりの道尾氏文庫。
何時もならソッコー買うのだが、今回はちょっと躊躇した。

ここで書いた道尾氏の書評は月の恋人球体の蛇
そして向日葵の咲かない夏だ。
この「向日葵~」で最初にガツンとヤられてしまい、以降の文庫は全部読破している。

「光媒の花」あたりから、少しばかり道尾氏の作風が変わったような気がした。
非常に美しくなったというか、表現に磨きがかかった。
無論悪いことではないのだが、読んだ後に美しい文章だけが残り
その分ストーリーが希薄になったというか
個人的にややモヤモヤするものがあった。

故に新刊が出てからもしばらく手に取れなかったのだが
珍しいことに相方が、自分の本を買うついでに
「新刊出てたよ」とドヤ顔で購入してくれたので、結局読むことに。
夫婦で気持ちが寄り添わない事はデフォルトなのだが
今回ばかりはよかったかも知れない。

小学5年生の慎一はガンで父を亡くしてから
母と一緒に、鎌倉の祖父のもとへ身を寄せている。
いまひとつクラスメイトにも馴染めず
同じ転校生の春也とばかり遊んでいる。
海辺に簡単な罠を仕掛け、魚や貝を採るのだ。

よく掛かるのはヤドカリだ。
それを火であぶると、ヤドカリは貝から飛び出す。
中身は海に放るときもあるし、失敗して死んでしまうこともある。
面白いというよりはただの惰性のように
二人はそんな事を毎日繰り返している。

ある日、海近くの山に登り
奇妙な形をした岩と水溜まりを見つける。
彼らはここを「秘密の場所」として
ヤドカリを燃やして「願い事」をするという神事を行う。
その「願い」は、不思議と叶えられることになる─────

何時も道尾氏の本は、読み進めて気が付くともう終盤と言う事が多いが、
今回は特に後半は、本当に一気読みだった。
鎌倉の自然と遊戯の中に揺れる、子供のあっけらかんとした残酷さ。
ホラーではないのに、ヤドカリの「神事」の描写は
磯臭さが匂い立ちそうなリアルにぞくりとする。

全体として、大きな事件や謎が発生する訳ではない。
祖父と因縁のあるクラスの少女・鳴海と
その父親とこっそり会っている母への言いようのない思いに
慎一の腹の中で育つ得体のしれない何か。
1ページごとに育っていく慎一の「成長」を
読者はただ為すすべもなく見守るだけだ。

しかしその歯痒さの緊張感がリアルで、
ページを繰る手が止まらない。
ひさびさに「道尾ワールド」を堪能した一冊だった。
うむ、読んでよかった。
いや自分で買ったんじゃないが。

慎一が一人きりでおこなった「神事」で
燃えるヤドカリに手を合わせ、願い事をする場面がある。
ただ「ここにいたい」と願うのだ。
残酷でもない、具体性もないその呟きが最初はピンとこないのだが
読み終わってからそれが、ふと腑に落ちた。

子供でもない大人でもないその時期に、人は誰しも
自分の世界が変わっていくことに漠然とした不安を抱く。
自分だけが中心に在る世界。
子供が何処か残酷であるのは、その象徴かもしれない。

それが少しずつ人と社会と調和していき
残酷であることは異端であるという常識が身につく。
その認識に乗り遅れたものが、いわゆる「中二」というものであろう。
いやまぁ、フツーにあの時代は恥ずかしいんだけどな!!
大なり小なりみんなの心にあるある黒歴史。

慎一の残酷性が増していくのは
彼が大人になることを拒否している証ではあるまいか。
「ここにいたい」と言う時間の摂理に逆らった願いは
限りなく無垢で、それでいて恐ろしい。
そう考えると、この話の結末もすとんと落ちてくる。

おめでとう。可哀想に。
慎一君、君は大人になってしまったのだね。
けれど不思議なもので、大人になると
大人になった悲しみすらも綺麗に忘れてしまうのだ。
感受性の強い子供は本能的に、そんな大人になることを恐れるのかもしれない。

でも大丈夫。
大人になるってのは、そんなにたいした事じゃない。
時間割があった頃と違って、仕事をするのもぐうたらするのも自分次第。
お小遣い制じゃないから、金欠も破産も全部自分次第。
立派な大人じゃなくて、駄目な大人になれば
毎日が8月31日で何一つ子供の頃と変わらないよ!

ボク達は永遠の少年・ピーターパンなのさ!←駄目な大人の丁寧語
( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \

個人評価:★★★★


自分の頃はなんかやらかしたかなぁと考えていたが
都合よく記憶消去が働いているのか、大したことは思い出せない。
小さい事はいろいろ思い出せるが。(やってるんじゃないか)

ただ文庫の小説を読むようになったのは、小学生高学年の頃からだ。
おとんが昔に買った推理小説やら、親戚のにーちゃんに貰ったものだったりで
松本清張・エラリークィーン・赤川次郎・星新一などでラインナップはフツーだが
まだ周囲に文庫を読んでいる子供はいなかったので
ちょっとばかりオレ様カッコイイとか思ってた可能性はある。

田舎で本屋がちょっと遠かったからか、定期購読本は割に利用しており
家の本棚に本は詰まっていたが、不思議と両親は読書家ではなかった。
自分が本を読まないと、子供に本を与えるという思考が働かないのか
あんまり本を買ってもらった記憶がない。
故に「家にある本を繰り返し読む」のが、今の自分の読書遍歴の最初だ。

おとんがデザイン関係の仕事をしていたので
イラストや写真、絵画関連の定期購読本とか
おかんの「主婦の友」まで読んでいた。(笑)
「こども百科事典」と「わたしたちの歴史」は自分用に買ってもらったが
これももう何十回読んだかしれない。

親戚の家に行ってもじっと本棚をみているので
「読んでいいわよ」と言われて帰るまで本を見ている。
我ながら手のかからない子供であった。

この反動か、高校卒業後にバイトをして金が入るようになると
自分の好きな本を買うということにストッパーが掛からなくなった。
最初は図書館も利用していたが、電車や車で行かねばならない場所だったので
差し引きで考えたら変わんねーよなと思うようになる。
(ちゃんと計算が出来て入れば、借りた方が安いと気付いた筈だが)

バイトを2つか3つ掛け持ちして、
やめてアンタそれは坊やのミルク代よとか言われても
金が入ると本につぎこむ。(↑無論そんなことを言われた事はない)
借金はなかったが、本棚はまたたくまに膨れ上がった。

なので今でも本代だけは節約しようというキモチがおきない。
本の為に引っ越しした当時は十分スペースがあった天井本棚2架も
何時の間にかもうきゅうきゅうになっている。(この間3年)
よくよく考えると恐ろしいことのような気もするのだが
パチンコ通いがやめられないギャンブラーのように、今日も本屋へ立ち寄るのだ。

うん、駄目な大人だから。
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