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202

邂逅の森

邂逅の森 (文春文庫)邂逅の森 (文春文庫)
熊谷 達也

文藝春秋 2006-12
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「マタギ三部作」と言われる熊谷氏作品の二作目。
自分としてはやはりこの「邂逅の森」が1番よかった。
連作ではないので単品でオッケー。

マタギとは狩猟で生計を立てる者を言う。
だが彼らは「ハンター」ではない。
敢えて旧式の装備を身に着け
古来より伝えられてきた戒律を守り、自然に畏敬を払う。

平成現在では、自然保護による禁漁などの法律があり
毛皮や肉と言う需要も稀になっているため
マタギはほぼ伝統を受け継ぐのみの存在に近いらしい。
本書は、真に狩りを生きていく糧として必要とし
マタギが山と共に生きていた時代の話となる。

富治少年は秋田のマタギの村に生まれ
父も兄もマタギであり、そのまま当然のようにマタギとなった。
だが父はマタギが禁とする熊を仕留めてしまい
その掟により、みずからマタギを退く。
誰が見ていなくとも、山の神が見ているのだと言う。

富治は、土地の有力者の娘に手を出してしまったことから
追われるようにして、鉱山の仕事につく。
平穏と言えば平穏と言える暮らしの中、ひょんな巡り会わせで
富治は再び銃を構え、熊を撃つことになる。

それは一見、親や子や結婚と言うものを通して
ただ一人の男の人生を描いているようにみえる。
だが最終章で父と同じほどの齢になった富治は
神が自分を見ている事を知るのだ。
己がマタギになることを選んだのではない。
山がマタギを決めるのだと。

ハードボイルド小説という訳ではない。
ハードボイルドとは「固ゆでたまご」を意味し、多分だが
中身も外見も軟弱じゃないぜ!的な形容なんだろう。
そういう意味では熊谷氏の小説は、半熟卵かもしれない。
芯の部分が、ちょっとほろっとしてるくらいの。

人を描いた小説とみれば、少々歯ごたえの無さを感じるかもしれない。
が、熊谷氏はマタギを男一徹・こだわりの頑固職人でははなく
自然界の一部として書きたかったのではないだろうか。
その力均衡の頂点となるハードさもありながら
同時に、食物連鎖の最下層となる弱さもある。
「ニンゲン」という雑食獣を含めた、自然摂理を描いた物語だ。

村を出た富治が30年近くをも経て、母に会うシーンがある。
既に母親は自分よりずっと小さくなっているのに
富治はその母よりずっと小さい子供でもあるのだ。
それは、山とマタギの関係にも似ている。

山はマタギを生み、マタギはそうしてまた山に帰る。
だが富治の帰る場所も、やがて母ではなくなった。

だからカミさんのことを「山の神」と言うのだろう。

個人評価:★★★★


にしても、小説のカーチャンはホロリとくる。
自分のカーチャンと全然関係なくても。

ウチのおかんは料理が本当にヘタだったので、特に思い出飯はない。
ネタ飯ならいっぱいある。
小学生くらいまでぞれがワカメの味噌汁というのは
ワカメが溶けだして緑色になった汁だと思ってたので
外で正しい味噌汁見たときは涙が出そうになった。

無論、今でも食べたいのは正しい味噌汁の方であり
おふくろの味は記憶とネタの底に封印してあるのだが
人というのは、7歳くらいまでに食べたものが
身体の奥に眠る酵素などを形作っているという。
歳とってから昔の食べ物が懐かしくなるのは、その所為なんだと。

……高齢になってから悪食になったらイヤだなあ。
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