プロフィール

はるほん

Author:はるほん
とりあえず毎日本を読んでいるので、そろそろ脳内と本棚を整理してみようというココロミ。

カレンダー
プルダウン 降順 昇順 年別

06月 | 2017年07月 | 08月
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -


twitter
検索フォーム

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
-

Comment

Comment Form

Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
-

Trackback

Trackback URL

199

最後の将軍―徳川慶喜

最後の将軍―徳川慶喜 (文春文庫)最後の将軍―徳川慶喜 (文春文庫)
司馬 遼太郎

文藝春秋 1997-07-10
売り上げランキング : 8446

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


この本を初めて見たときに、微かな違和感があった。

偉人伝のごとく書かれた「徳川慶喜」というフルネーム。
このタイトルの付け方は、司馬先生としては珍しいように思う。
他にも人物の名前が入った著書は数点あるが、それも多くはない。
最後の将軍となった徳川慶喜という男は
司馬先生の中で、なんらか特別な存在であるのだろうかと。

将軍職は当然一子相伝、唯一無二の職業である。
その資格は「徳川の血筋」であることだ。
故にその血筋を絶やさぬ為、徳川本家とは別に御三家という分家が存在した。
尾張徳川・紀州徳川・水戸徳川で
それぞれ家康の九男・十男・十一男が始祖となる。

タイミングが悪かったのか、尾張から将軍は出ていないが
紀州からは有名な八代将軍・吉宗が出ている。
同じく水戸からも将軍は出ていないのだが、一説には
「水戸家から将軍を出してはならない」という訓戒があったともされる。
代々勤王を尊ぶ家柄であったからだ。

それは徳川から飛び出た突然変異であったのか
あくまで天子に賜った征夷大将軍という立場を忘れぬため
アキレスの踵として必要な存在であったのかは分からない。
ちなみに有名な「水戸黄門」は二代目藩主である。
本来は副将軍という職名はないのだが
徳川にとって「特異な存在」であったことは間違いない。

話が長くなったが、慶喜はこの水戸の出身だ。
他の分家筋に適当な嫡子が見当たらないことを見越して
水戸家から一橋家へ養子に出され
知らず、ゆるやかに将軍への運命を歩かされていく。

司馬先生の文章も、受ける印象が少し違う。
特に初期の作品であったりという訳ではない。
それ以前の著作もいくつか読んでいるが
司馬史観とも言われる魅惑的な創作と史実を交えて
その時代へ誘う扉が大きく開かれているのを感じた。

自分が受けた印象と言うだけだが、本書はやや文章が固く
時系列に沿って淡々と語られているかのような運びに
何か息苦しいほどの切迫感を感じる。
僅か1年というを短い在位を駆け抜けた将軍の姿が
何を思う間もなく、ひたすら流れ込んでくる。

余計なことは、何も言わぬ。
この男の生きた時がそのままドラマであり、歴史だと言うように。

昨日の新徴組を先に読んだのも
慶喜の歴史上の立ち位置を改めて見てみたかったからだが
彼がひたすら幕臣の期待に背を向けたことは
時によって旨味とも苦味ともなり
さまざまな幕末作品において、深い隠し味となって伝えられている。

まだ誰も見えていなかった未来を見据え
260年の歴史を、独りで終わらせた男。
それは徳川の嫡子としても、男としても、日本人としても
凡人には慮れない程の懊悩があったろう。
それをただ、我々は読むしかできない。

だが現代人は今過去を振り返り、貴方をちゃんと見ているのだと
司馬先生はそう、彼に伝えたかったのかもしれない。

個人評価:★★★★


朝からジョジョの一括放送やってんよ!
ああああ外に出られない!!!
関連記事
スポンサーサイト
0

Comment

Comment Form

Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
0

Trackback

Trackback URL

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

Return to Pagetop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。